この二人の対立には、もう一人の天才の影が落ちている。太宰が終生敬愛し続けた芥川龍之介だ。芥川自身もまた志賀直哉の完璧な文章観に強い憧れと羨望を抱いており、太宰はその心理的系譜を色濃く継承していた。
また、文壇の論争を過熱させた背景には、当時の出版業界のメディア戦略も見逃せない。特に『文藝』などを手掛けた新潮社をはじめとする大手出版社は、二人の論争を誌上の目玉企画として取り上げ、読者の関心を巧みに煽った。
作家たちの純粋な葛藤や自尊心のぶつかり合いは、ジャーナリズムの格好の素材となり、日本中が注目する巨大なエンターテインメントへと昇華されていったのである。