芸能界のトップスターとなった弟とは対照的に、長男の知之さんは地元・東村山市役所に奉職し、地道に市民生活を支える公務員としての道を全うしました。
知之さんは市役所内で総務課や地域振興に関わる部署などを歴任し、誠実な仕事ぶりと気さくな人柄で同僚や市民から厚い信頼を寄せられていました。市役所の窓口を訪れた市民が「志村けんさんのお兄さんですよね?」と声をかけることも日常茶飯事でしたが、知之さんは嫌な顔ひとつせず、常に謙虚で丁寧な対応を崩さなかったといいます。
志村けんさんが『東村山音頭』で全国に街の名を轟かせた際も、知之さんは市役所の内側から弟の活躍を静かに喜び、行政とスターという立場の違いを弁えながら、付かず離れずの絶妙な距離感で弟の看板を守り続けました。
定年退職を迎えたあとも再任用職員として市役所に残り、地域のために尽力し続けた知之さん。その実直なキャリアは、東村山市の歴史の一幕として今も語り継がれています。