この場面最大の謎であり読解のハイライトは、「なぜ中宮定子の問いかけに対して、清少納言は何も言わずに簾を上げたのか」という点です。言葉で答えるのではなく、無言で行動に移した理由には、平安貴族の卓越した「共通教養」が隠されています。
中宮定子の「香炉峰の雪いかならむ(香炉峰の雪はどうなっているだろう)」という言葉は、唐の詩人・白居易(白楽天)の代表作『白氏文集』に収められた詩の一節を踏まえたものでした。
【典拠となる白居易の漢詩】
「遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴き、香炉峰の雪は簾を撥げて看る」
(遺愛寺の鐘の音は枕から頭を浮かせて耳を澄まし、香炉峰に積もる雪は簾を跳ね上げて眺めるものだ)
定子は「雪の様子を見てきなさい」と指示したのではなく、「白居易のあの有名な詩を覚えているか」と清少納言に謎かけを出したのです。清少納言は即座にその意図を察知し、「はい、香炉峰の雪は簾を撥げて看るものですね」と言葉で説明する野暮を避け、実際に簾を高く跳ね上げてみせるという粋なアクションで返答しました。
定子が「笑はせ給ふ」とあるのは、おかしさに吹き出したのではなく、「見事な機転だ」と満足して微笑んだ表情を表しています。