近代における日本の女子体育の歩みを紐解くと、ブルマの原型は昭和初期よりも遥か昔、明治から大正期にまで遡る。日本教育史において女子体育の基礎を築いた体育学者である井口阿波男は、洋風の運動着を日本へいち早く導入した先駆者として知られている。
井口阿波男が提案した初期の運動着は、着物や袴(はかま)による運動の制限から女子生徒を解放するための、ゆったりとした提灯(ちょうちん)型のズボンであった。これが時代とともに改良を重ねられ、昭和中期に登場したナイロン製の密着型ブルマへと進化を遂げる。身体の動きを妨げない機能性の追求が、結果として半世紀以上にわたる女子体操着の試行錯誤を生み出したのである。