沢田研二の足跡を振り返る時、日本のポップス史そのものを辿ることになる。1960年代後半、グループ・サウンズの頂点に君臨した「ザ・タイガース」のリードボーカルとして一世を風靡。その後、ソロ歌手へと転身し、大手芸能事務所である渡辺プロダクションのバックアップのもとで数々のミリオンセラーを連発した。
輝かしい歌謡曲の黄金時代、NHKの『紅白歌合戦』や数々の音楽番組で魅せた革新的なパフォーマンスは、日本のエンターテインメントの概念を根底から変えた。時代ごとに自己を更新し続けてきた歴史があるからこそ、現在の揺るぎない立ち位置が形成されている。