福岡県北九州市に生まれた舛添氏は、幼少期から神童と噂されるほどの秀才だった。東京大学法学部に進学後、政治学の道を志し、フランスのパリ大学やドイツのミュンヘン大学へ留学。このヨーロッパでの生活が、彼の国際感覚と鋭い政治的洞察力を決定づけることになる。帰国後、28歳の若さで東京大学教養学部の助教授に就任したニュースは、当時のアカデミズム界に大きな衝撃を与えた。
彼が専門としたのは、フランス政治史および国際関係論。単なる机上の空論ではなく、現地の生きた政治を日本に伝えるそのスタイルは、硬直化した当時の大学教育に風穴を開けるものだった。キャンパスでの講義は常に学生で溢れかえり、彼の明快かつ情熱的な語り口は、すでに一介の研究者の枠に収まりきらないエネルギーを放っていた。