後発の音楽ユニットとして結成された『サーターアンダギー』も、ヘキサゴン史において異彩を放つ存在だ。沖縄の風を感じさせる爽やかな楽曲と親しみやすいキャラクターでファンを獲得したが、先行する『羞恥心』や『Pabo』という巨大な壁との比較に晒される宿命でもあった。
プロジェクトが成熟するにつれ、ユニットとしての方向性やメンバー個人の目指す将来像との間で繊細な調整が求められるようになった。CD不況と言われた時代にあって、純粋な音楽的成功と番組内での立ち位置の狭間で揺れ動いた苦闘。彼らが最終的に選んだ解散の道は、決して後退ではなく、自立した表現者として歩み出すための必然のステップだったといえる。