越木岩神社の象徴である巨石「甑岩」には、戦国時代から語り継がれる強烈な伝説が刻まれています。16世紀末、天下人となった豊臣秀吉が大坂城の石垣を築く際、上質の御影石を求めて六甲山麓一帯の巨石を次々と切り出させました。その際、名石と名高かった甑岩にも石工の手が伸びました。
社伝および地域の古文書によると、石工たちが甑岩を割ろうとノミを打ち込んだ瞬間、岩の裂け目からもうもうと白煙が立ち上り、作業員たちは激しく血を吐いて倒れ、狂乱状態に陥ったと記されています。この凄まじい怪異を目の当たりにした秀吉方は、神仏の祟りを恐れて即座に採掘を断念しました。現在も甑岩の周囲には、当時の石工たちが残したとされるノミの跡が生々しく残されており、参拝者の目を奪います。
民俗学および歴史社会学の視点からこの「祟り」を検証すると、単なる怪力乱神の逸話にとどまらない本質が浮かび上がります。古来、岩倉(磐座)は集落の境界を守り、神霊が降臨する依代(よりしろ)として絶対的なタブー領域でした。中央権力による無秩序な資源収奪に対し、地域共同体が守護神への畏敬を盾にして自然と聖域を死守した記憶が、この怪異譚として後世に定着したと分析できます。