アメリカでの修業を経て帰国した後、彼はプレイヤーとしてだけでなく、ステージを裏から支える振付師としての道を本格的に歩み始める。その洗練された振付と妥協を許さない指導法は、瞬く間に話題となった。
90年代後半から2000年代にかけて、彼は日本の音楽シーンを牽引する数々のアーティストやJ-POPアイドルグループの振付を手掛けた。表面的なポージングにとどまらず、音の粒を正確に拾い上げる彼の振り付けは、J-POPのステージパフォーマンス全体のクオリティを底上げしたと評されている。かつて自身が属していた芸能界という枠組みを、今度はクリエイターとして外側から進化させていったのだ。