2026年2月22日、沖縄・読谷キャンプで行われた練習試合。マウンド上で突如倒れ込み、痛みに悶絶する背番号21の姿に球場全体が凍りついた。診断結果は右大腿骨幹部骨折。アスリートとしてはもちろん、一人の人間としてもあまりに残酷なアクシデントだった。骨格の土台を失った脚で再び投げることができるのか。医療関係者の間でも慎重な意見が相次ぐ中、彼の心の中で灯火が消えることはなかった。
車椅子生活からのスタート。一日数十ミリの可動域を広げる激痛との闘い。焦りと不安が交錯する病室で、支えとなったのはファンからの声援と、もう一度バンテリンドーム ナゴヤのマウンドに立つという強い意志だった。愚直なまでに肉体と向き合い、地道な筋力トレーニングと柔軟性の回復に取り組む日々。その足跡は、リハビリを担当した理学療法士たちをも驚嘆させるスピードと精度で進められていった。