現在でこそトップランナーとして君臨する有村架純ですが、そのキャリアの出発点は決して平坦なものではありませんでした。2009年12月、高校2年生の冬に現所属事務所であるフラームのオーディションに自ら履歴書を送付。しかし、1回目の面接では「関西弁のイントネーション」と「体型管理」を課題として課され、即時合格とはなりませんでした。
彼女はこの悔しさを糧に、1年間で標準語の猛特訓を行い、体重を徹底して絞り込んで2010年1月に見事合格を勝ち取ります。同年5月、ドラマ『ハガネの女』(テレビ朝日系)で念願の女優デビューを果たしたものの、そこからすぐにブレイクしたわけではありませんでした。関係者の証言や本人の回顧録によると、上京直後は100回を超えるオーディションに連続して落選する過酷な下積み期を経験しています。
「自分には何が足りないのか」と自問自答を繰り返しながら、小さな役でも現場に食らいつき、貪欲に演技の基礎を吸収していったこの数年間こそが、後に花開く表現力の厚みと、周囲への謙虚な姿勢を育む決定的な土台となりました。