1981年、全国の劇場で公開された映画『典子・は・いま』は、配給を担当した東宝にとっても予想を遥かに超える歴史的ヒットとなった。監督を務めた巨匠・松山善三は、名女優・高峰秀子の夫としても知られ、社会の片隅に生きる人々の尊厳を温かく描く名手だ。本作は単なるフィクションでも、単なる記録映画でもない。劇映画の手法とドキュメンタリー映画の真実味を融合させた、まったく新しい質の高いヒューマンドラマとして完成された。
当時、睡眠薬や胃腸薬として広く普及していたサリドマイドの副作用により、世界中で無手足症などの障害を持つ子どもたちが誕生した。いわゆるサリドマイド事件である。偏見の目が今より遥かに厳しかった昭和の社会において、自身の日常をありのままに晒す決断をしたのが、当時18歳だった白井のり子氏(旧姓・辻典子)だった。カメラは、彼女が足の指先を器用に使ってペンを握り、文を書き、食事をし、身支度を整える様子を丹念に追った。過剰な同情を排し、一人の自立した人間としての誇りを鮮烈に描いた表現は、当時の映画業界に強烈なインパクトを与えた。