大手SNS、掲示板、知恵袋等のコミュニティや現地参拝者への独自リサーチを通じて見えてくるのは、一心寺に対する「深い感謝」と「拭いきれない葛藤」という二面性です。
肯定的な口コミとして圧倒的多数を占めるのは、「家族に墓守の重荷を背負わせずに済んだ安堵感」です。「子どもが娘ばかりで跡継ぎがいないため、宗派不問で立派なお骨佛にしてくれる一心寺は唯一無二の救いだった」「天王寺駅から歩いてすぐ(徒歩約10分)なので、命日や買い物のついでに気軽に何度でも手を合わせに行ける」といった声が寄せられています。特に、彫刻家でもある元住持が手掛けた斬新な現代建築の山門や仁王像の開放的な佇まいが、「暗いお墓」のイメージを払拭している点も高評価に繋がっています。
その一方で、ネット上には切実な後悔や戸惑いの声も刻まれています。
「数年前に納骨を済ませたが、後から『やはり故人の遺骨を手元に残しておけばよかった』と思っても、お骨佛に練り合わされた後は二度と遺骨を取り出すことができない。仏様になったのだと頭では理解しつつも、寂しさが消えない」(50代女性・手記より)
「遠方から高齢の母を連れて車で全骨の骨壷を持参したところ、窓口で受け入れ制限の説明を受け、門前払いに。事前の調査不足とはいえ、目の前で断られた母が落胆する姿を見るのは辛かった」(40代男性・投稿より)
これらの生の声が浮き彫りにするのは、一心寺の納骨が「100%不可逆の合祀供養である」という冷厳な事実です。他者と混ざり合い仏様になるという思想に心から納得できているか、遺族間で温度差がないかを事前に精査しておかなければ、後々取り返しのつかない感情のしこりを残す危険性を孕んでいます。