『芥川』の白眉は、失意の男が詠み上げた結びの一首です。この和歌には、単なる愛の喪失にとどまらない、痛切な後悔と自己嫌悪が渦巻いています。
白玉か何ぞと人の問ひしとき 露と答へて消えなましものを
【現代語訳】
「あれは真珠ですか、それとも何ですか」とあの人が無邪気に尋ねたその時に、「ただの儚い露ですよ」と答えて、私も露が消えるように、あの人と一緒に命を消し去ってしまえばよかったものを。
草の葉に宿る朝露を指して「白玉(真珠)ですか」と尋ねた高子の姿は、温室育ちの深窓の令嬢特有の無垢さを象徴しています。その問いかけに対して、男は現実を冷静に教える余裕を持っていたはずでした。
しかし、女を失った今となっては、露の儚い命こそが二人の未来そのものでした。「反実仮想(もし〜だったなら、…であっただろうに)」という文法形式を取ることで、「なぜあの瞬間に、女とともに死んでしまわなかったのか」「なぜ自分だけが無様に生き残ってしまったのか」という激しい自責の念が克明に表現されています。この歌の調べが千年の時を超えて人々の胸を打つのは、取り返しのつかない過去への未練を完璧な五七五七七に昇華しているからです。