この寺の起源を紐解くと、平安時代末期の劇的な歴史ドラマへと突き当たる。壇ノ浦の戦いで平家が敗北を喫した際、名将・平清盛の重臣であった平貞能(たいらのさだよし)は、平家の宝軸である阿弥陀如来の御画像を抱えて東国へと逃れた。追手の目を欺き、深い山々に囲まれたこの地に身を隠した貞能は、名を「定義(さだよし)」と改め、平家一門の菩提を弔いながら静かに生涯を閉じたとされる。
貞能の没後、その遺志を継いだ従者たちが堂宇を建立したことが現在の寺院の始まりだ。「定義」という地名や寺の通称も、彼の名に由来している。深い山奥に潜んだ落人たちの無念と祈りが、800年以上の時を超えて現在の本堂へと脈々と受け継がれているのだ。こうした重厚な背景を知ることで、単なる立ち寄り地ではなく、深い歴史観光の目的地としての魅力を実感できるだろう。