自由民主党の党内抗争や選挙戦が激化する局面において、議員の身辺情報は時に政治的な武器として利用される。野田聖子氏が直面してきた政治的試練の背景には、常に夫である文信氏への視線が影のように付きまとっていた。
永田町の舞台裏を追う報道ドキュメンタリーのカメラは、こうした政治家の家庭内におけるプライベートな戦いをも記録してきた。政策論争とは別の次元で繰り広げられるスキャンダル報道が、いかに政治家の活動を制約し、あるいは世論の動向を左右するか。権力闘争の道具として個人のプライバシーが消費される構造は、日本の政治報道が抱える慢性的な病理と言わざるを得ない。