インターネット上の掲示板やSNSでは、時折「松山市の観光キャンペーンのために電通や行政が仕掛けたタイアップ曲だったのではないか」という穿った見方が散見されます。しかし、一次取材の記録や関係者の証言を突き合わせると、この推測は事実に反することが明白です。
当時の松山商工会議所や地元商店街振興組合の関係者によると、五木ひろしが松山を舞台にした楽曲をリリースするという情報は、制作が最終段階に入るまで地元自治体には知らされていませんでした。行政主導のタイアップであれば、歌詞の中に「坊っちゃん列車」や「道後温泉本館」といったパブリックな観光資源が優先して盛り込まれるのが通例です。しかし、歌詞に刻まれたのは「大街道のアーケード」「二番町の夜の帳」という、極めてプライベートでローカルな歓楽街の情緒でした。
ネットの評判や反応を精査すると、「愛媛県民として大街道や二番町が全国区の歌になるなんて夢にも思わなかった」「夜の街で飲むと必ず誰かが口ずさむソウルソングになった」といった地元住民の熱烈な支持が目立ちます。外からの押し付けではなく、レーモンド松屋という地元を知り尽くしたソングライターの個人的ノスタルジーから生まれたからこそ、リアリズムが宿り、全国のリスナーの胸を打ったのです。