学部の都心移転は大学組織に成功をもたらした一方、取り残された現地コミュニティには小さからぬ影を落としました。現場を取材すると、劇的な変化に直面した周辺住民や元学生たちのリアルな肉声が浮かび上がります。
もっとも大きな打撃を受けたのが、キャンパスを結んでいたバス路線の運行規模と周辺の商業環境です。かつて平日朝のJR八王子駅北口バス乗り場には、ひよどり山トンネル経由や左入経由の急行便を待つ長蛇の列が形成されていました。西東京バスは怒涛のピストン輸送を行っていましたが、移転後は通学需要が激減。運行ダイヤは大幅に減便され、日中の運行本数は地域住民の生活維持に合わせた水準へとスリム化されました。
地域で長年営業を続けてきた個人商店主や近隣住民からは、複雑な心情が語られます。
「4月になれば新入生の初々しい姿で通りが埋め尽くされ、飲食店もアパートも活気があった。移転した直後は信じられないほど静かになり、学生向けの定食屋やコンビニが相次いで姿を消していったのは本当に寂しかった」(近隣店舗関係者)
ネット上の掲示板やSNS上でも、八王子時代を過ごしたOB・OGによる追憶の声が散見されます。
「山の上にあってバス通学は本当に大変だったけれど、あの緑に囲まれた広々とした空間が好きだった」「宮下町の坂道を登った日々が懐かしい。後輩たちが吉祥寺の近くで学んでいるのを見ると羨ましくもあり、八王子の素朴さが愛おしくもある」
通学の過酷さを嘆きつつも、豊かな自然の中で培われた学生生活への愛着は強く、急激な過疎化に戸惑う地元との間には、郊外型キャンパス特有の濃密な記憶が刻まれています。