新潟ロシア村の場所はどこか?崩壊した異国テーマパークの全貌

新潟ロシア村の場所はどこか?崩壊した異国テーマパークの全貌

新潟ロシア村の場所はどこか?崩壊した異国テーマパークの全貌の疑問点について、専門知識を取りまとめてご紹介します。

なぜ、新潟の山奥に突如ロシアの街並みが建設されたのか。その引き金を引いたのは、かつて地域金融の雄として君臨した新潟中央銀行の元頭取・大森竜猛氏の強烈なリーダーシップだった。大森氏は「環日本海経済圏構想」を掲げ、ロシアとの文化・経済交流を旗印に掲げた観光開発を猛烈に推進した。

1993年、総工費数十億円を投じて開園。本場ロシアから直輸入した木材で築かれた教会、民芸品を並べたバザール、さらにはバイカルアザラシを泳がせる巨大水族館や民族舞踊の劇場まで揃え、開園当初は大きな話題を呼んだ。だが、その熱狂は長くは続かない。入場者数は初年度をピークに激減し、巨額の追加投資が回収不能に陥った。新潟中央銀行が主導した「三大融資先(新潟ロシア村、富士ガリバー王国、ゴールデン佐渡)」はことごとく不良債権化し、1999年の同行破綻という金融危機を引き起こす最大の要因となった。

阿部 裕樹
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阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。