事件発生から途方もない年月、被害者家族が背負わされた絶望と焦燥は想像を絶する。娘の生存を確信し続けた父・横田滋氏は、妻の早紀江氏とともに全国を行脚し、街頭での署名活動や集会を幾度となく重ねた。冷ややかな視線や政治の無関心に直面しながらも、被害者家族の顔として訴え続けた姿は、やがて日本社会全体の世論を大きく動かす原動力となった。
横田滋氏をはじめとする家族会の絶え間ない闘いは、ひとつの家庭の悲劇を国家が解決すべき人権問題へと昇華させた。2026年に滋氏が息を引き取った後も、その強い意思は残された家族と支援者たちに受け継がれている。奪われた時間を取り戻し、家族が再会を果たすための戦いは、今なお終わっていない。