「心頭滅却すれば火もまた涼し」の本当の意味と信長・快川紹喜の真相

「心頭滅却すれば火もまた涼し」の本当の意味と信長・快川紹喜の真相

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歴史的事実として重要なのは、快川紹喜がこの言葉を完全なオリジナルとして創作したのではなく、中国古典の教養をもとに引用したという点です。杜荀鶴 漢詩 元ネタとして知られる原典は、晩唐の詩人である杜荀鶴(とじゅんかく、846〜904年)が詠んだ詩『夏日題悟空上人院(夏日、悟空上人の院に題す)』の一節です。

この漢詩には明確な続き 上の句が存在します。完全な対句構造は以下の通りです。

「安禅不必須山水、滅却心頭火自涼」
(安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ずから涼し)

「安禅(あんぜん)」とは心を落ち着けて座禅を組むことであり、「山水(さんすい)」は静寂な自然環境を意味します。「静かに瞑想して悟りを開くのに、必ずしも閑静な山や川に身を置く必要はない。雑念を消し去れば、火の海の中であっても心は自ずと涼やかになる」という深い哲理が込められています。

日本国内の記録では、恵林寺の事件より約100年早い文明18年(1486年)に記された僧侶の日記『蔗軒日録(しゃけんじろく)』にも「古人の言」として同句が引用されており、中世の禅林社会で広く共有されていた知識であったことが実証されています。

井上 凛
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井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。