不祥事を乗り越えて完成したソーラーアークでしたが、時代の荒波は三洋電機の看板そのものを飲み込んでいきました。
2004年の新潟県中越地震による半導体工場の被災などで財務基盤が悪化した三洋電機は、経営再建を模索した末、2009年から2011年にかけてパナソニックの完全子会社となり、事実上の買収統合が行われました。これに伴い、アーク中央に掲げられていた赤と青の「SANYO」ロゴは、青一色の「Panasonic」ロゴへと掛け替えられます。
さらに追い討ちをかけたのが、世界のエネルギー市場における地殻変動でした。三洋電機が得意とした高品質な太陽光パネルは、2010年代以降、中国メーカーをはじめとする海外勢の圧倒的な低価格攻勢によって価格競争力を急速に喪失。パナソニック本体も収益悪化に苦しみ、ついに太陽電池・太陽光パネルの自社生産から完全撤退する方針を決定しました。
事業撤退に加え、竣工から20年が経過した巨大構造物の年間数千万円とも言われる莫大な維持管理費や耐震・修繕コストが重くのしかかり、企業の合理化推進の中でソーラーアークはその役目を終えることになったのです。