波紋の根底にあったのは、単なる政治家の個人的な選択に対する賛否ではない。自由民主党の若手ホープとして常に脚光を浴びていたトップ政治家が、公人の最高峰である現職大臣という立場でありながら「子育てのために休む」という意思を示した衝撃の大きさだ。当時の永田町では、男性議員が子育てのためにまとまった時間を割くなど、考えられないタブーとされていたからにほかならない。
環境大臣という重責を担う人物が「公務の一部を柔軟に休業する」という形で育児に関わる姿勢を見せたことは、日本中の労働観に揺さぶりをかけた。「単なるパフォーマンスではないか」「国家の危機管理上、問題がある」という冷ややかな視線。その一方で、職場環境や世間の目に縛られて育休取得を言い出せないでいた一般の働く父親たちからは、「自分たちの生きづらさや苦しみを政治のトップが代弁してくれた」と熱い共感の声が寄せられたのだった。