しかし、表舞台の華々しさとは裏腹に、彼の落語家人生は常に大きな組織の波瀾と背中合わせであった。最大の転機となったのが、1978年に勃発した落語協会分裂騒動である。当時、協会のあり方や真打昇進制度をめぐって対立が深まる中、彼の師匠である6代目三遊亭圓生は脱退を決意する。
弟子として師匠の意思を全面的に支持し、共に協会を飛び出した行動は、当時の落語界に激震を与えた。師匠・圓生の絶対的な芸術性と生き様に感銘を受けていた彼は、将来の安泰が約束された立場を投げ打ってでも、師の教えと一門の誇りを守る道を選んだ。この揺るぎない師弟愛こそが、彼のその後の運命を決定づけることとなる。