物語の終盤、読者は自らが立っていた前提そのものを激しく揺さぶられる。S君がトカゲに変身したというファンタジーのような設定は、決して単なる比喩や童話的装飾ではない。それは主人公ミチオの歪んだ精神防衛メカニズムであり、彼自身が恐怖と罪悪感から逃れるために作り上げた、都合のいい「解釈」なのだ。
作中に散りばめられた伏線は、初読時にはあまりにも自然に風景へ溶け込んでいる。母親の不自然な態度、妹・ミカの言動の不均衡、そして物語全体を包むまとわりつくような暑さと異臭。これらはすべて、ミチオという極めて不確実な語り手を通したフィルタリングである。再読したとき、すべての風景が一変する驚きこそ、本作が誇る最大級のミステリー体験と言える。