西城秀樹が遺したシングル作品は通算87枚に及びます。1972年のデビュー曲「恋する季節」から始まったキャリアの中で、彼は単なる歌謡曲の枠組みにとどまらず、洋楽ロックやソウル、ディスコミュージックの要素をいち早く取り入れ、日本のポップスシーンを刷新し続けました。ここでは、オリコン歴代シングル売上データや各種リクエストランキングで上位に君臨し続ける代表曲の背景を深掘りします。
最大のヒット作といえば、1979年にリリースされた「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」です。米国のヴィレッジ・ピープルの原曲をカバーし、自ら考案した「Y・M・C・A」の腕文字パフォーマンスとともに社会現象を巻き起こしました。当時のオリコンチャートで5週連続1位を獲得し、累計売上140万枚超(公称)を記録。TBS系音楽番組『ザ・ベストテン』では番組史上唯一の「9999点(満点)」を2週連続で叩き出すなど、昭和歌謡史における不滅の金字塔となっています。
そして、彼のボーカリストとしての個性を決定づけたのが、1974年の「傷だらけのローラ」です。前奏から全身全霊で叫ぶ絶唱型ボーカルスタイルとドラマ性の高いメロディは、日本レコード大賞歌唱賞を受賞しただけでなく、フランス語版が現地でリリースされるなど海外にもその名を知らしめました。
さらに、1978年に発表された「ブルースカイ ブルー」は、作詞家の阿久悠と作曲家の馬飼野康二がタッグを組んだ叙情派バラードの最高峰です。青空という澄み切ったモチーフの裏に秘められた許されない愛の終焉を、力強くも哀切を込めて歌い上げる表現力は、後進のアーティストたちにも多大な影響を与えています。