「ヒトラーの出現やケネディ暗殺を言い当てた」とされる有名なエピソードの数々は、果たして真実なのか。統計学者と歴史学者が詩編の全行をデータベース化して実施した確率的検証では、客観的な的中率は偶然の域を出ないという冷徹な数字が弾き出されている。ノストラダムスが用いた占星術のチャート計算には当時特有の天体暦の誤差が含まれており、特定の日時をピンポイントで予測することは技術的にも不可能だった。
それにもかかわらず的中したように錯覚させる最大の要因は、象徴性に富んだ多義的な詩の構造にある。主語をあいまいにし、ラテン語やプロヴァンス語を混交させた比喩表現は、後世の読者が「すでに起きた事件」を自由に当てはめられる余白を生み出す。この巧妙なレトリックの仕組みこそが、何百年もの間、予言を生き永らえさせてきたコアエンジンにほかならない。