網走監獄が怖い理由とは?蝋人形の恐怖と過酷な歴史の真相を解明

網走監獄が怖い理由とは?蝋人形の恐怖と過酷な歴史の真相を解明

網走監獄が怖い理由とは?蝋人形の恐怖と過酷な歴史の真相を解明の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点でまとめました。

網走監獄の恐怖を語るうえで避けて通れないのが、明治時代における「囚人労働」の過酷な歴史です。1890年(明治23年)、ロシアの南下政策に備えた軍用道路「中央道路(北見道路)」を急速に建設するため、全国から重罪人を中心とする囚人たちが網走に集められました。

逃亡を防ぐために2人1組で鉄の鎖で繋がれた「連鎖囚」たちは、鬱蒼とした原生林を切り拓く過酷な重労働を強いられました。過酷な労働環境、栄養失調、極寒、そしてヒグマの襲撃により、わずか1年あまりの突貫工事で200名以上の囚人と看守が命を落とす事態となりました。この凄惨な事実こそが、今なお現地に漂う厳粛で物悲しい空気の源泉となっています。

一方、暗い歴史の中で異彩を放つのが、昭和の脱獄王として知られる白鳥由栄(しらとり よしえ)の伝説です。網走刑務所を含む4つの刑務所から脱獄を成功させた人物で、網走では「味噌汁の塩分で手錠と視察孔のボルトを腐食させる」という驚異的な知恵と、関節を脱臼させて狭い隙間をすり抜ける身体能力で脱走を果たしました。旧網走刑務所農園の五翼放射状平屋舎房の梁の上には、脱獄を試みる白鳥の姿を再現した人形が展示されており、必見のスポットとなっています。

小林 直樹
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小林 直樹

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