Q1:完顔阿骨打とチンギス・ハンはどう違うのですか?関係はありますか?
A1:完顔阿骨打は12世紀初頭に「金朝」を建てた女真族(ツングース系)の英雄であり、チンギス・ハンは13世紀初頭に「モンゴル帝国」を築いたモンゴル系遊牧民の英雄です。時代にして約100年の隔たりがあります。なお、金朝は後にチンギス・ハン率いるモンゴル軍の猛攻を受け、1234年に滅亡することになります。
Q2:なぜ「金の太祖」と呼ばれるのですか?
A2:「太祖(たいそ)」とは、中国の伝統的な王朝において「王朝を開いた初代皇帝」に贈られる廟号(死後の尊称)です。完顔阿骨打が金朝の創始者であるため、歴史上「金太祖」と称されます。
Q3:阿骨打の率いた女真族は、のちの満洲族(清朝)と同じ民族ですか?
A3:はい、直系の後裔です。女真族は明代に「建州女真」などを経て、17世紀にヌルハチが再び部族を統合して「後金(こうきん)」を建国しました。その後、ホンタイジの時代に民族名を「満洲族(満洲)」、国号を「清」と改めました。清の皇室である愛新覚羅(アイシンギョロ)氏の「アイシン」は満洲語で「金」を意味し、完顔阿骨打の金朝を強く意識していました。
Q4:護歩達岡の戦いで本当に2万人が大軍に勝てた決定的な要因は何ですか?
A4:主な要因は3点あります。第一に女真重装騎兵の圧倒的な個人の武勇と突破力、第二に阿骨打による「敵の総大将本陣への一点集中突撃」という卓越した戦術判断、第三に遼軍内部で天祚帝に対する皇族の反乱未遂が起きており、指揮系統が分裂・崩壊していた点です。