萬田久子さんの原点を語る上で欠かせないのが、1978年(当時20歳)のミス・ユニバース日本代表選出です。大阪府大阪市大正区出身の彼女は、地元・プール学院短期大学在学中にコンテストへ挑戦。圧倒的な手脚の長さとエキゾチックで凛とした顔立ちで栄冠を勝ち取り、メキシコ・アカプルコで開催された世界大会へ出場を果たしました。
当時の報道記録によると、身長167cmに対しスリーサイズはB83・W59・H87(1981年公表値)、体重47kgという規格外のプロポーション。欧米の出場者と並んでも見劣りしない堂々たるウォーキングと、どこかアンニュイで涼やかな眼差しは、当時の日本国内でも大きなセンセーションを巻き起こしました。
翌1979年に上京して芸能界へ足を踏み入れると、当初は本名の「万田久子」名義で活動を開始。そして1980年、NHK連続テレビ小説『なっちゃんの写真館』で本格的な女優デビューを飾ります。ヒロインの親友役として見せたフレッシュかつ芯の通った演技は視聴者に鮮烈な印象を与え、清純派と都会派の洗練が同居する唯一無二の若手女優として瞬く間に脚光を浴びました。