俳優として最高の成熟期を迎えつつあった男の人生は、あまりにも突然、そして惨烈な形で断ち切られる。1964年8月、信州でのロケ撮影を終えて帰京する途中、乗車していた車が橋の親柱に激突。佐田啓二は37歳という若さで帰らぬ人となった。
東京オリンピックの開催を直前に控え、高度経済成長へと突き進む時代の中での早世だった。松竹大船撮影所をはじめとする映画関係者は言葉を失い、日本中が深い喪失感に包まれた。葬儀には数千人のファンが詰めかけ、沿道を埋め尽くした人々の涙が、彼がいかに愛されたスターであったかを物語っていた。