太平洋戦争終結直後、日本における透明テープの歴史は劇的な旋風とともに幕を開けました。1947年、占領下の日本を統治していた連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)から、ある切実な要請が持ち込まれます。大量の公文書や郵便物を封緘するための透明テープが国内で極度に不足していたためです。この打診を受けたのが、現在のニチバン株式会社の前身である歌橋製薬所でした。
資材が極端に不足する焼け野原の中で、ニチバンの技術者たちは天然ゴムと松脂、そして国産のセロハンを手探りで配合し、僅か数ヶ月で国産初のセロテープを作り上げました。米国の製品をそのまま模倣するのではなく、日本の湿潤な気候に耐えうる独自の接着力と、手で真っ直ぐちぎれる扱いやすさを徹底的に追求した足跡は、日本のモノづくり史における金字塔として語り継がれています。