結論から言えば、「5人の命を救うために1人を犠牲にする」という選択そのものが、直ちにその人物のサイコパシーを証明するわけではありません。
行為の結果として生じる善(救われる命の数)を最大化し、害(失われる命の数)を最小限に抑える思考様式は、哲学において功利主義的判断と呼ばれます。1人の喪失は痛ましい悲劇であるものの、5人が死亡した場合の社会的損失や遺族の悲嘆、失われる未来価値の総量と比較考量したとき、数値的に「純粋な生存総数を最大化する」選択肢をとることは、極めて論理的で筋の通った帰結主義的アプローチです。
対照的に、「いかなる理由があろうとも、直接的に人を死に追いやる行為は道徳的義務に反する」とする立場は義務論と呼ばれます。直感的なタブー感や倫理規範を重んじる人々から見れば、数値を冷静に比較して冷徹にスイッチを切り替える姿が、あたかも「感情のない冷血漢」のように映ってしまうバイアスが生じます。ここに、合理的判断を下す人間がサイコパスと混同される最大の認知ギャップが存在します。