これほど凶悪な病原体を、なぜ人類は根絶へと追い込むことができたのでしょうか。その第一歩は、18世紀末の英国で医師エドワード・ジェンナーが成し遂げた医学的発見にありました。
ジェンナーの種痘法と経緯は、現地の農村で囁かれていた「牛の乳搾りをして牛痘(牛の感染症)にかかった女性は、天然痘にかからない」という伝承に注目したことから始まります。1796年、ジェンナーは牛痘に感染した女性の手の水疱から採取した液を、8歳の少年の腕に接種。その後、少年に本物の天然痘を接種しても発症しないことを実験で確認しました。これが近代免疫学の夜明けとなる「牛痘種痘法」の誕生です。当時、日本国内でも秋月藩の藩医・緒方春朔が独自に人痘法を改良して成功させていたほか、佐賀藩や適塾の緒方洪庵らが牛痘苗の普及に尽力し、種痘は世界的な防壁へと成長していきました。
しかし、医学の進歩だけで根絶は成し遂げられませんでした。決定打となったのは、1958年に旧ソ連が提唱し、1967年に本格始動したWHOの「世界天然痘根絶計画」です。当初行われた全国民への一斉接種(集団免疫の獲得)は、開発途上国の広大な地域や紛争地帯において資金・人員の壁にぶつかりました。そこで現場の防疫官たちが採用したのが、感染者が発生した地域を特定し、その接触者および周辺住民のみを集中的に隔離・ワクチン接種する「監視・封じ込め戦略(リング・バクシネーション)」でした。冷戦の最中でありながら米ソが手を取り合い、国境を越えた防疫ネットワークが構築されたのです。
そして1977年、ソマリアの青年アリ・マオ・マーラン氏が自然感染による最後の患者となり、厳重な監視期間を経た1980年5月8日、第33回世界保健総会において正式に「WHO世界根絶宣言」が出されました。
公衆衛生の専門家が指摘する天然痘根絶の理由は、極めて明確な3つの生物学的・疫学的条件が揃っていた点にあります。
- 人間以外の自然界に宿主(リザーバー)が存在しない:野生動物や昆虫が媒介せず、ヒトからヒトへの感染連鎖を断ち切ればウイルスは行き場を失って死滅する。
- 不顕性感染(無症状病原体保有者)がほぼ存在しない:感染した人間は必ず明確な高熱と特有の発疹を呈するため、患者の早期発見と隔離が極めて容易であった。
- 変異しにくく極めて安定した有効ワクチンが存在した:凍結乾燥ワクチンが開発され、熱帯地域でも品質を保ったまま保管・輸送が可能であった。
これらはインフルエンザや新型コロナウイルス(自然界に無数の宿主が存在し、頻繁に変異を繰り返すウイルス)とは根本的に異なる特性であり、天然痘根絶がいかに奇跡的な好条件の重なりによって実現したかを物語っています。