富山県氷見市の名刹に生まれ育った安孫子素雄少年を漫画の世界へと引きずり込んだのは、他でもない手塚治虫の『新宝島』だった。神様と仰ぐ手塚の背中を追い、疎開先で運命的な出会いを果たした盟友とともに上京。伝説のアパート・トキワ荘へと身を投じた若き日々が、彼の作家性の根幹を形作ることになる。
狭い四畳半の部屋で、朝から晩までペンを握り続ける過酷な生活。だが、トキワ荘の仲間たちが少年少女向けの健全な夢を描く一方で、安孫子青年の内部ではよりドロドロとした人間の心理劇への関心が育まれていた。社交的でゴルフや酒を愛した快活な表の顔と、人間の闇を見つめ続ける冷徹な観察眼。この二面性こそが、後に花開く唯一無二の作家性の源泉だった。