事件が起きたのは2003年6月27日。当時、世界中で大ヒットを記録していたシングル『All The Things She Said』を引っ提げ、初来日を果たしたリェーナ・カーティナとジュリア・ヴォルコヴァの二人は、社会現象と呼べる熱狂の渦中にありました。番組オープニングでは黒いTシャツ姿で階段を降りて笑顔を見せていたものの、中盤の演奏順を迎えてもスタジオに現れず、番組進行は暗転します。
後年の本人たちの手記やロシア本国のドキュメンタリー番組での証言によると、ドタキャンを主導したのは当時のプロデューサー兼マネージャーであるイヴァン・シャポヴァロフでした。シャポヴァロフは二人がスタンバイしようとした直前、「楽屋から一歩も出るな。歌う必要はない。騒ぎを起こすことこそが最大の宣伝になる」と命令し、内側から鍵をかけさせました。
当時まだ17歳と18歳だったリェーナとジュリアは、強烈な支配関係にあったシャポヴァロフに逆らうことができませんでした。二人は「私たちは日本のファンに向けて歌いたかったのに、命令に怯えて従うしかなかった」と告白しています。つまり、世間を激怒させた「タトゥー Mステ 事件 なぜ」という疑問の核心は、生意気な海外アーティストの身勝手なサボタージュではなく、少女たちを精神的に支配したプロデューサーによる冷徹な炎上マーケティングの強行でした。