『スター誕生!』の歴史において、今も語り草となっているのが山口百恵と中森明菜の合格エピソードです。
1972年、13歳の中学生だった山口百恵は牧葉ユミの「回転木馬」を歌って予選を通過し、決戦大会へと駒を進めました。審査員からは「声質は地味」「歌唱力は発展途上」といった辛口な評価も受けていましたが、ホリプロをはじめとする芸能事務所から決戦大会のプラカードが掲げられ、見事に準優勝を果たします。その後、森昌子や桜田淳子とともに「花の中三トリオ」として社会現象を巻き起こし、昭和歌謡界の伝説的な存在へと駆け上がりました。
一方、中森明菜の道のりは決して平坦ではありませんでした。彼女は『スター誕生!』に3度挑戦しています。過去2回の中森明菜の予選では、当時の年齢に見合わない大人びた選曲(岩崎宏美の楽曲など)が災いし、審査員から「もっと若々しい歌を歌いなさい」と厳しい指摘を受けて落選を経験しました。
しかし諦めずに挑んだ1981年の3度目の予選で、彼女は山口百恵の「夢先案内人」を選曲。圧倒的な表現力と歌唱力を見せつけ、番組史上最高得点となる392点を叩き出して決戦大会へ進出しました。本選ではレコード会社・事務所から11社ものプラカードが上がり、80年代を代表するトップアイドルへの扉を開いたのです。