彼の経歴を語る上で欠かせないのが、若手時代に身を置いた「弘田組」での活躍だ。三代目山口組の直参であった弘田武志組長のもとで、司忍はその卓越した組織運営能力と行動力を発揮していく。中京地区における山口組の勢力拡大において、彼の果たした役割は極めて大きかった。
やがて弘田組の解散に伴い、自ら率いる「弘道会」を立ち上げることとなる。組織結成の裏側には、単なる看板の付け替えではなく、警察の取り締まりや時代の変化を見据えた極めて合理的な組織防衛の理念が存在していた。弘道会は徹底した情報管理と固い結束力を武器に、山口組内でも屈指の強力組織へと成長を遂げていく。その強靭な組織づくりの原動力こそ、彼が若い頃から抱き続けてきた美学と戦術にほかならない。