四代目市川段四郎(本名:喜熨斗宏之)は、1946年7月20日、三代目市川段四郎の次男として誕生しました。母は昭和の名女優として知られた高杉早苗さんです。若い頃から端正な顔立ちと堂々たる体躯に恵まれ、1957年に初代市川亀治郎を名乗って初舞台を踏みました。その後、1969年に四代目市川段四郎を襲名し、名実ともに澤瀉屋の中心人物として頭角を現します。
当時の歌舞伎界において、兄である三代目市川猿之助(後の二代目猿翁)は「伝統の破壊と再構築」を掲げ、宙乗りや壮大な演出を取り入れたスーパー歌舞伎を生み出しました。この破天荒とも評された兄の革新運動を、舞台上でどっしりと受け止めたのが段四郎でした。『ヤマトタケル』の熊襲弟猛や帝、『新・三国志』の関羽など、兄が主役として縦横無尽に躍動する背後で、段四郎が放つ圧倒的な風格と安定した台詞術が舞台のリアリティを担保していたのです。
長男である四代目市川猿之助(当時・二代目亀治郎)に対しても、技術の押し付けではなく背中で芸を示す指導を行っていました。歌舞伎関係者の証言によると、「段四郎さんは家庭内でも温厚で、決して声を荒らげることのない人格者だった」と口を揃えます。父の背中を見て育った猿之助が後に歌舞伎界のトップランナーへと駆け上がった背景には、段四郎の揺るぎない支えがありました。