単に「キーが高い曲」であれば、世の中に類例はいくらでも存在します。それにもかかわらず、なぜ本作はこれほどまでに歌い手を絶望させるのでしょうか。その背景には、緻密に重なり合った5つの構造的要因が存在します。
第1の要因は、BPM132のシャッフルビートと複雑なシンコペーションです。8ビートのストレートなロックではなく、スウィング感を持った16分音符の跳ねるリズムが全編を支配しています。拍の前後に絶妙に食い込むシンコペーションが多用されているため、リズムが少しでも前のめりになると言葉が詰まり、逆に遅れるとピッチが下がるという二重の罠が仕掛けられています。
第2に、息継ぎ(ブレスポイント)の圧倒的な少なさです。作詞を手掛ける田淵の真骨頂とも言える言葉詰めの妙により、ワンフレーズごとの文字情報量が極めて多くなっています。Aメロ・Bメロからサビに至るまで、ブレスに割ける時間は16分休符(コンマ数秒)程度しか残されていません。息を「吸う」動作に意識を奪われた瞬間にリズムから脱落し、結果としてサビ手前で深刻な酸欠に陥ります。
第3は、地声から裏声への瞬時跳躍と声区融合のハードルです。前述したサビの「ママレード&シュガーステップ」に見られるhiA#からhiDへの急上昇は、発声器官の筋肉群(輪状甲状筋と甲状披裂筋)のバランスを一瞬で切り替えなければ成立しません。チェストボイスの力みを持ったまま突入すると、声帯が過緊張を起こして破綻します。
第4は、ボーカル・斎藤宏介の驚異的な歌唱力です。斎藤の発声は、極限まで無駄な力みを排除した精密なミックスボイスを基盤としています。共鳴腔(咽頭腔・口腔・鼻腔)の使い分けが完璧であるため、軽やかでありながら芯のあるハイトーンを維持できるのです。さらに恐るべきは、この過酷なボーカルワークを「ギターの複雑なリフを弾きながら」ライブで寸分違わず再現している点であり、原曲の軽快なニュアンスをそのまま真似ようとすること自体が無謀な挑戦と言えます。
第5に、『血界戦線』のエンディングテーマとして計算された疾走感です。アニメの狂騒的な世界観と完璧にリンクしたカ乱騒劇を描くため、楽曲全体に意図的な緊張感とテンションの過密が施されています。歌い手にリラックスを許さない楽曲構造そのものが、歌唱難易度を底上げしているのです。