撮影現場の過酷さと異常なまでのリアリズムは、キャスト陣の証言からも生々しく伝わってくる。役所広司は役作りのため、クランクインの3カ月前から浅草の老舗料亭で下働きを経験。劇中で使用された羽釜での炊飯技術を完全に体得し、一切の手元スタントを使わずに全編の調理シーンを演じ切った。
特に話題を集めているのが、本編ではカットされた「幻の15分間」と呼ばれる未公開シーンの存在だ。惣一が深夜、誰のためでもなく自らのためだけに握り飯を作るシークエンスだったが、是枝監督は「惣一の孤独が完成されすぎてしまい、他者を受け入れる余白が消える」という理由で劇場公開版からの削除を決断したという。共演陣からも「あのテイクの張り詰めた空気は一生忘れられない」と畏敬の声が上がるこのシークエンスは、映像表現の極限を追求したがゆえの苦渋の選択だった。