日本の株式市場において「仕手筋」の存在を不可逆的に印象付けたのは、昭和から平成にかけて兜町を震撼させた伝説的な人物たちだ。その筆頭格として語り継がれるのが、「最後の相場師」と称された是川銀蔵である。彼は徹底した企業分析と独自の相場観を武器に住友金属鉱山などの大化け銘柄を手掛け、一躍その名を世界に轟かせた。企業の実態を見極めた上で巨額資金を投じるその手法は、後年の投資家たちにも多大な影響を与えている。
一方で、集団的資金力と熾烈な情報戦で市場を席巻したのが、加藤暠率いる「誠備グループ」だ。1980年代初頭、加藤は膨大な顧客資金を背景に特定銘柄を買い占め、株価を意図的に跳ね上げる独自の手法を確立した。彼のグループが関与した銘柄は「誠備銘柄」と呼ばれ、狂乱的な株価上昇を引き起こしたものの、最終的には当局の捜査が入ることで終焉を迎えた。彼らの残した足跡は、日本株市場における光と影を過酷なまでに浮き彫りにしている。