利根川の豊かな水運と恵まれた風土に育まれた伊勢崎市境島村。この地で幕末から明治期にかけて日本の養蚕構造を根底から覆した人物こそが、田島弥平である。彼が生み出した「清涼育(せいりょういく)」は、通風と温度管理を徹底することで蚕の病気を劇的に減らす画期的な飼育法だった。
当時の養蚕農家は、蚕を寒さから守るために部屋を密閉し火鉢で暖める手法が主流だった。しかし、田島弥平は自然の風を巧みに取り入れる屋根構造「やぐら(高窓)」を考案。建物の構造そのものを温度・湿度調節装置へと昇華させた。この技術的ブレイクスルーが、後に日本が世界最大の生糸輸出国へと駆け上がる原動力となったのだ。