都内の国際開発系シンポジウムや、教育機関でのフィールドワーク現場に足を運ぶと、人口カウンターに対する受け止め方には顕著な温度差が存在します。大手商社の海外事業開発担当者は、次のように現場の危機感を口にしていました。
「商談で東南アジアや中東、アフリカを訪れるたびに、街を歩く若者の多さと街全体の建設熱気に圧倒されます。帰国して羽田空港から山手線に乗った瞬間に感じる『静けさと高齢化の濃さ』に、目眩のような落差を覚えるのが本音です。国内のオフィスで人口時計を見つめていると、自社が向くべきマーケットの針がどこを指しているのか、嫌でも突きつけられます」
一方で、一般のネットユーザーや教育現場の反応をSNSや知恵袋、コミュニティフォーラムで分析すると、別のリアリティが浮かび上がってきます。
「リアルタイムで増えるメーターを見ていると、食料危機や地球温暖化のニュースと直結して正直怖くなる」
「日本は少子化対策で何兆円も予算を使っているのに子どもが減り続けている。世界人口時計の勢いと見比べると、完全に別の惑星の話のように感じる」
このように、地球規模での「人口過剰」に対する環境的・資源的恐怖と、自国の「人口急減」に対する社会保障崩壊の恐怖という、真逆の不安が日本人読者の心理に奇妙なねじれを生み出しています。リアルタイムで加算される数字は、単なる好奇心の対象を超えて、自らの将来不安を映し出す鏡として消費されている現実が観察されます。