グローバルな映像市場において、日本のアニメーション映画はかつてない存在感を放っている。NetflixやAmazon Prime Videoといった巨大配信プラットフォームが巨額の資本を投じ、全世界同時配信が日常化した現代、制作現場の力学も大きく様変わりした。
こうした状況下で、宮崎と庵野のスタンスは極めて対照的でありながら相補的だ。宮崎の作品群は国境や世代を超えて消費される古典としての強度を保ち続け、庵野が構築した映像言語は世界中の新世代クリエイターたちに直接的な影響を与え続けている。
だが、市場の急激な拡大は、現場のクリエイター不足や制作環境の空洞化という深刻な影も落としている。世界的な資本が流入するなかで、独自の作家性をいかにして守り抜くか。日本アニメ産業全体が直面するこの命題に対し、ふたりはそれぞれのアプローチで警鐘を鳴らし、変革を促し続けている。