喜熨斗延子さんは、名優として知られた四代目 市川段四郎さんの妻であり、一家の精神的な柱だった。澤瀉屋という名門は、伯父である三代目市川猿之助(後の二代目市川猿翁)が創始したスーパー歌舞伎をはじめ、常に旧来の枠組みを壊す挑戦を続けてきた一門である。その分、伝統的な歌舞伎界の主流派との軋轢も少なくなかった。
延子さんは表舞台に立つことはなくとも、裏方として弟子たちの世話から後援会への気配りまで、神経をすり減らす日々を送っていた。病気がちだった夫の看病と、類まれな才能を開花させていく息子への期待。その双方を一身に背負い込んだ彼女の日常は、外から見える華麗さとは裏腹に、張り詰めた糸のような緊張感の連続だったと一門の関係者は語る。