事件現場となった自宅地下の自室には、スケッチ用のキャンバスや便箋に書き残された複数の遺書が存在していた。宛名に記されていたのは、側近として行動を共にしていたマネージャーの名義である。そこには深い感謝と愛情の念、そして「次の世でもよろしく」「すべての財産を譲る」といった切実な文言が並んでいた。
この遺言めいたメッセージは、歌舞伎界のみならず社会全体に大きな動揺をもたらした。遺産相続に関する法的な効力や親族との関係性を含め、当時の現場検証では極めて異例の状況として記録されている。表現者として頂点に立ちながらも、私生活においては周囲に心を許せる相手が極めて限られていた猿之助にとって、そのマネージャーは精神的な防波堤であり、唯一の感情の吐露先だったと劇場関係者は語る。
極限状態のなかで記された言葉の数々は、彼が抱えていた圧倒的な孤独の裏返しでもあった。誰にも弱音を吐けない立場に置かれ続けた結果、特定の近親者への依存が急速に深まり、生死の境界すら曖昧になっていく心理的力学がそこには働いていた。