雷電為右衛門の残した生涯戦績は254勝10敗2分14預5無勝負。勝率は実に9割6分2厘に達します。大相撲の歴史において、白鵬(勝率.846)や大鵬(勝率.838)といった昭和・平成の大横綱たちですら8割台半ばであることを踏まえると、雷電の数値がいかに常軌を逸していたかが分かります。黒星を喫したのは約21年間の幕内在位でわずか10回、年平均に換算すれば2年に1度負けるか負けないかという計算です。
この圧倒的な強さを支えた第1の要因は、当時の日本人離れした骨格とフィジカルにあります。信濃国小県郡大石村(現在の長野県東御市)の農家に生まれた雷電は、幼少期から怪童として知られ、10代半ばで既に並の大人を軽々と持ち上げる怪力を発揮していました。当時の成人男性との体格差は、現代に置き換えれば「身長240cm、体重250kgのアスリートがリングに立つ」ような絶望的な威圧感を相手に与えていたことになります。
しかし、雷電が真に恐ろしかったのは体躯の大きさだけではありません。自ら記した日記『諸国相撲控帳』からは、極めて冷静沈着に相手の立ち合いや重心を研究する知性派の一面が浮き彫りになっています。巨体に頼る力任せの相撲ではなく、柔軟な股関節と強靭な下半身から繰り出される基本に忠実な寄り身、そして相手の力を受け流す技術の洗練こそが、20年以上にわたって土俵の頂点に君臨し続けられた本質でした。