8世紀初頭に編纂された史書『日本書紀』は、この偉人を「厩戸皇子」として記録している。馬小屋の前で生まれたというドラマチックな誕生伝承は、キリスト生誕劇との類似性すら指摘される有名なエピソードだ。しかし、文字通りの史実かといえば話は別である。
飛鳥時代の苛烈な政治闘争の中で、推古天皇の摂政として腕を振るったとされる人物像。十七条の憲法や冠位十二階の制定など、国家基盤の構築に心血を注いだ業績は語り継がれてきた。だが、それらすべてが一人の天才による単独の偉業だったのか。現在の古代史学界では、複数の人物の業績が集約されて理想化されたという説が説得力を増している。