仁川港から済州島へ向かっていた大型旅客船セウォル号(総トン数6,825トン)は、珍島沖の孟骨水道と呼ばれる潮流の激しい海域で突如バランスを失い、急激に左舷へ傾斜しました。
事故を決定的な惨劇に変えた最大の要因は、乗組員の極めて無責任な対応でした。船が急速に傾いていく中、船内では繰り返し「危険ですので部屋から動かず待機してください」というアナウンスが流され続けました。生徒たちがその指示を信じて客室にとどまる一方、イ・ジュンソク船長をはじめとする運航幹部たちは、乗客を救助する義務を放棄し、真っ先に到着した海洋警察の救助艇に乗り移って脱出したのです。
船体は通報から約2時間半で完全に転覆し、冷たい海の中へと沈没。船内に閉じ込められた高校生や一般客ら304名が犠牲となる痛恨の結末を迎えました。